2026年10月1日木曜日

不要ドラム缶を「映え」ベンチに改造、千葉県旭市/Discarded oil drums transformed into "Instagrammable" benches in Asahi City, Chiba Prefecture.

  https://www.tokyo-np.co.jp/article/510004

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 2026年8月22日 11時00分 東京新聞webより

 
 千葉県旭市には、ちょっと変わったベンチが点在している。
 駅前や店先、観光スポットで座れるのは、役割を終えたドラム缶をリメークしたという、丸みを帯びた形が愛らしいベンチで、写真映えすると評判だ。
 制作した男性は「旭をドラム缶ベンチの街にしたい」と熱く語った。







 このエピソードは、2026年10月1日の朝日TV「大下容子ワイド!スクランブル」でも紹介された。 
 制作者は沖縄でこの様なベンチを見経験があり、その時に写真を撮って千葉に帰ってから、製作したと語っていた。
 制作に当たっては、細かい部分は自分で考えて工夫したそうで、特に鮮やかで可愛い色合いやグラデーション等に苦労したそうだ。
また、製作時間は自分の余暇を使って、ボランティアで製作をしたとも語った。
 
 「大下容子ワイド!スクランブル」の今回の報道は、全体的に爽やかなエピソードとして紹介されていたのだが、最後にの男性アナウンサーの語った言葉がとても気になった。

 「これは、そもそも韓国で造られていたベンチですね。」

 男性アナウンサーはそう付け加えた。
 ドラム缶を改造してベンチを作る事なのか、デザインや構造の事を言ったのか、ボランテシアである事を言ったのか、果たして定かではない。

 そもそもと言う言葉は、副詞・名詞として使う場合は「 物事の原点や、最初からそうであった状態」を表す時に使うことばです。
 つまり、TV朝日の男性アナウンサーが放った言葉は、「韓国のボランティアが作った様なベンチを真似ただけじゃないか!」と言ったように取れます。
 
 折角の爽やかな番組で、しかも製作者は「沖縄で見た椅子を参考に作った」と話しているのです。
 「韓国のモノマネだ」ともとれる意見をわざわざ付け加える意味があったのでしょうか?。

 私個人の意見ですが、朝日TVの全ての報道には、この様な個人の意見、主張が付け加えられている様に感じます。
 

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